#あたシモ

アメリカで働くレズの徒然

「単なる多数決=民主主義」じゃないよ。「多数決」が民主主義であるために必要なこと

安保法案が参議院で可決されてしまった。こちらではちょうど金曜日の朝、インターネット中継を見ながら、ちょっと呆然としてしまった。

これは何か書かなくては、と思い、ネットを眺めていたところ、賛成派の人から反対派に向けた「多数決で決まったんだから従うのが民主主義(大意)」というような揶揄めいた物言いが目についた。

photo by pedrosimoes7

多数決が民主主義であるために必要なこと

多数決は民主主義ではない。民主主義においては、満場一致や拒否権など、多数決以外の意思決定方法がとられる場合があるし、議会制民主主義においても、「単なる多数決=民主主義」ではない。だって単なる多数決じゃ少数者の声、完全無視になっちゃうじゃん。そんなの全然民主主義じゃないですよ。多数決の結果が正当だなものとして、(少数意見を唱えていたものを含む)皆を拘束することに、(少数派も)納得できるのは、多数決の前提として、正しい情報が公開され、それに基づいた討議が尽くされた時である。その前提を欠いている「多数決」は、多数派による「独裁」であり、民主主義においては否定されるべきものなのだ。

今回の採決は民主主義的なのか?

今回の安保法案にまつわる、憲法論や、集団自衛権の是非については、あえてここでは語らない。しかし、法文の文言の定義や法の想定する範囲など、さまざまな面において、政府の説明は不明確かつ二転三転した。疑問点や曖昧な点が多すぎないか?討議時間という「量」だけではない、「質」を見た場合、本当に今回の法案については討議が尽くされたと言えるのだろうか?

速記者ですら聴取不能な状態での採決……。法案の内容はさておいても、こんな状態で採決するとは!これでは、反対意見を唱え続けた野党や世論は全く納得できないのではないか。こんな風に、混乱に乗じて可決した多数決に、「多数決だから」という理由で従うのは、民主主義とは言えない。

行政の暴走を止めるために

また今回の採決を見て、今後、現実の運用への不安は大きくなった。いくら「新三要件」なんて、一見厳しそうなことを言っていても、信用できない。今回のように、立法府を無視して、アメリカと約束したことを、国民の理解も得られないうちに押し通す……という政府であれば、今後、有事の際にだって、政府はやりたいと思ったことを必ず押し通すだろう。結局憲法だろうが、法律の要件だろうが、「政府」の前には空虚なものなのか。そんな無力感を覚えた。もちろん、いつまでも呆然とはしていられない。今日から改めてしっかり政府を監視し、立法や司法を通じたコントロールをしていくことが不可欠になるだろう。