#あたシモ

アメリカで働くレズの徒然

「神の見えざる手」は差別を温存する -- 企業と国家の存在意義はそもそも違うし、差別撤廃を市場に任せるのはお門違いだよという話

photo by Loving Earth

「市場に任せるべき」という反ゲイ派のロジック

こんな記事を読みました。

クリスチャンの研究者「ゲイのカムアウトより、厳格なクリスチャンだとカムアウトする方が大変」 - Letibee Life

「市場」は自然に同性カップルにもほかの選択肢を提供するようになると信じているため、差別禁止法などの対応には反対しているという。彼はこの点について、そのような法律によって、クリスチャンが同性愛についての意見を述べることを潜在的に犯罪化させ、さらに同性カップルに関連する商品やサービスの提供の拒絶につながりかねないと説明した。

彼は、自分が同性愛差別禁止法には反対していることを強調したが、その一方で、市場競争を通じて差別から保護していくことができるということを提案した。

「すでに、米国のビジネス誌フォーチュンの選ぶグローバルトップ企業500社のうち、89%の企業は自主的に、性的指向に基づいた差別禁止規則を設けている。自主性を重視することで、これがうまく機能しているのだ。」

という保守派の意見を紹介しているのですが、

  • 「市場」は自然に同性カップルにもほかの選択肢を提供するようになると信じている
  • 89%の企業は自主的に、性的指向に基づいた差別禁止規則を設けている。

というところに強調だけしてあっって「あのさ、まさかこの人の言うことをそのまま真に受けてないよね?」ってことで不安になったので、念のため書いておきます。

自由市場まかせでは、差別はなくならない

企業とは「営利を目的として一定の計画に従って経済活動を行う経済主体」です。つまりLGBTを差別しないほうが経済的に合理的(カネになる)だと判断すれば企業はそうするでしょうね。差別が「損」だと考えれば、企業はそれをやめるでしょう。しかし、同時に「差別が経済的合理性を持ってしまう(差別が企業にとって得になる)*1時」というのは、残念ながら存在します。「女性は妊娠・出産で休職することが多いから雇わない」「XX人は前科を持つ割合が多いから入居させない」そんな判断は「差別」ですが、そのようなプロファイリングは統計的に事実である場合があるため、そういう偏見に基づいたビジネス判断はある程度うまくいってしまうわけです。「差別が儲かる」場合、市場に任せておいたら、そういう差別を解消するイニシアティブがないため、企業による自助努力は永遠に期待できず、人権は踏みにじられ続ける。だから、そこで、法律の介入が必要になるわけです。

興味ある方はここらへんを読んでみてください。

企業と国家の存在目的は違う

企業の存在理由はあくまで「営利」です。企業は常に利益を生み出さなければなりません。しかし、国家はそうではありません。国家の役割は、私たちの生命、自由、財産等などに対する権利を守ることにあります。だから私たちは、租税という形で国にお金を払い、国家に統治権という強大な権力を委託しているのです。

現代社会においては、企業の持つ力が大きくなり、わたしたちの意識に与える影響は甚大です。アメリカ人の3人に1人が、「Appleがアメリカを運営するべきだ」と考えているというレポートを広告代理店が出しました(参考記事)。思考実験としては面白いですが、実際には、Appleが支配する国家は結構怖いと思いますよ。ものすごく秘密主義で閉鎖的でしょうね。

今の社会において、企業の与える影響は大きく、なかには国家以上に力を持っている企業も多いです。国際的に存在感のある大企業には「営利」を超えた、公益的な役目を果たす責任が生まれつつあるのも事実でしょう。だから、大企業が、平等なポリシーを打ち出すのはやはり重要です。しかし、「平等」の保障は、企業「だけ」に担わせておけばいいというものではないのです。

また、国家にしかできないこともあります。権利が侵害された時の回復です。A社に差別された時の損害を、B社が回復してくれるでしょうか?できません!しかし、差別が法に反すると定められていれば、法律に基づき強制的に回復できます。具体的には、不当に解雇された時、その解雇を取消したり、損害賠償を勝ち取ったりするようなことですね。

yuichikawa.hatenablog.com

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企業家としての国家 -イノベーション力で官は民に劣るという神話-
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*1:もちろんだからといって、そんな時も差別が正当化されるわけではない