#あたシモ

アメリカで働くレズの徒然

「この男です」指差した男の無実を18年後に知った時、被害者は何を思うのか -- ペニー・バーントセンから見たスティーヴン・エイヴリー

yuichikawa.hatenablog.com

こちらの続きです。スティーヴン・エイヴリーの事件を取り上げているのは、Netflixの『殺人者への道(Making a murderer)』だけではありません。

人気PotcastシリーズRaiolabでは、『Reasonable Doubt (合理的な疑い)』というエピソードのなかで、スティーヴン・エイヴリーが冤罪となった事件の被害者ペニー・バーントセン(Penny Beerntsen)を主役に据えながら、ペニーの立場から、エイヴリーのケースを取り上げています。

湖畔の襲撃

※以下、暴力的な描写が含まれます。フラッシュバック注意。

Lake Michigan Beach

ペニー・バーントセンの一家は三代続くキャンディー店を経営する成功した一家で、コミュニティの中の名士でした。

1985年7月29日、ミシガン湖沿いのビーチで、家族とともにくつろいでいたペニーは、ジョギングに出かけることにしました。半マイルほど走ると、夏の暑い日だったにも関わらず、革のジャケットを着込んだ男がいてペニーがジョギングしながら追い越すと「ジョギングするのにぴったりの日ですね」と声をかけてきた。ペニーが3マイルほど走り、家族の元に戻ろうと引き返した時、同じ男が、まだビーチにいて、彼女の行手に立ちはだかりました。

ペニーは、男から逃げようと海の中を走りましたが、男に追いつかれて、誰もいない森の中へ連れて行かれます。そこで暴行を受けたペニーは、抵抗しながらも、犯人の顔をしっかり覚えようと目を見開きます。白人。カールした金髪。短く太い指。ペニーは石か何かで顔面をひどく殴られ意識を失いますが、しばらくして意識を取り戻します。

その後、警察で何人かの男の写真を見せられたペニーは、一人の男の写真を指差し、実際の面通しでも同じ男を指差した。それがスティーヴン・エイヴリーでした。

警察は、過去に複数の事件を起こしていたエイヴリーに目をつけており、ペニーの証言を信じました。また、ペニーは、自分の記憶に100%の自信を持っており、誰を見ても、まっすぐ目を見て「この男です」と答えました。エイヴリーのアリバイを証言する人は16人もいたにも関わらず、それはほとんどが家族だったため、そして、その証言が不自然なほどに合致しており、まるで口裏を合わせたようだったため、その他の様々な理由が原因でエイヴリーは逮捕され、収監されました。

Prison

被害者の苦しみ

ペニーは、長い間悪夢やフラッシュバックに苦しみました。エイヴリーの顔は彼女のなかにいつもありました。無実を訴えるエイヴリーが何度も再審請求をするたび、怒りを感じていました。しかし、長い期間をかけ、カウンセラーやソーシャルワーカーとの対話を経て、ペニーは、自らのなかにある怒りの感情が、自分自身や家族のためによい影響を与えていないことを悟り、それを手放すときが来ることを学びました。

ペニーは、自分が襲われたミシガン湖畔に行き、そこで一つの区切りを感じたのです。ペニーは、刑務所を訪れ「犯罪が以下に被害者に深い傷をもたらすか」という講演などをしていました。そうすることで、受刑者たちが、犯罪に対する考えかたを変えることを望んでいたのです。

冤罪だった!

事件から18年が経ちました。

エイヴリーは、何度も再審請求をしていました。そして、2003年、当時はまだ技術が発達していなかったDNA鑑定の結果が出て、犯人はエイヴリーではないということがわかったのです。自分が犯人に違いないと確信を持っていた男は無実だったのです。真犯人は他にいたのです!!そして、自分の証言のおかげで一人の無実の人間が18年間、刑務所に入ることになってしまったのです。

ペニーは、「それは自分が襲われた日よりも、酷い日でした」と回想します。自分は被害者なのに、まるで加害者のような気持ちになったのです。

出所したエイヴリーは、瞬く間にセレブリティーになり、小さな街のメディアを連日賑ませました。エイヴリーを支援する団体も出来ました。そして、エイヴリーの事件がきっかけで法律を変えようという動きも出てきたのです。

初めは、一人でいたいと願ったペニーでしたが、やがて、エイヴリーに会って謝罪したいと申し出ます。二人が会った時、エイヴリーは自分が刑務所にいる間に家族が亡くなったこと、離婚したことなどを話しながらも、「あなたのせいだとは思わない。警察が悪かったと思っている」と言います。別れ際にペニーが「あなたをハグしてよいですか?」と尋ねると、エイヴリー黙ってぎゅっとハグをしてくれたのです。

「ごめんなさい」そういうペニーに「もう終わったことだ」とエイヴリーは言いました。

エイヴリーは、冤罪におって被った損害を回復するために、マニトウォック郡に対して民事訴訟を起こします。

dESIST and cEASE003

もう一人の被害者

しかし、それからまた2年が経ち、ペニーをまた驚かせるニュースが訪れます。

2005年、女性写真家のテレサ・ホルバックが行方不明になったのです。テレサは、エイヴリー一家の営む廃車工場で撮影の仕事をした後に行方をくらましました。捜索の結果、テレサの乗っていたRAV4がエイヴリー廃車工場の敷地内で発見されました。警察がエイヴリー一家を締めだして七日間捜索したところ、テレサの歯と骨が敷地に埋められているのが発見されました。さらに、テレサの車の鍵がエイヴリーの寝室から発見され、鍵とテレサの車の中に残された血痕にはエイヴリーのDNAが残されていたのです!

冤罪の被害者として同情を集めていただったエイヴリーは突然また、疑惑の人物となりました。当時、エイヴリーが冤罪で捉えられた事件の捜査についての民事訴訟が進行していたこともあり、多くの人が「またエイヴリーは警察にハメられたのだ」と考えました。

多くの人がペニーに「この事件に関わらないほうがよい」と言いましたが、ペニーはこの事件について調べずにはいられませんでした。自分をぎゅっと抱きしめてくれたエイヴリーがそんなことができるとは思わなかったからです。

しかし、エイヴリーの16歳の甥ブレンダンが、テレサの強姦と殺人に加担したと自白したことから事件は急転直下。エイヴリーとブレンダンは、裁判にて共に終身刑を言い渡されます。

……。

ペニーは今では「自分が『絶対確かだ』と思ったことも疑うようになっていると言います。それは自分が「絶対だ」と思ったことが二度も裏切られた経験から来ているそうです。

また、彼女は「もし、自分が、エイヴリーのことを指ささなかったら、テレサはまだ生きていたのではないか?」と考えるそうです。刑務所の劣悪な環境は、多くの犯罪者をより凶悪な性格へと悪化させます。ましてや、無実の人にとっては、18年間の刑務所生活はどんな影響を与えたのでしょうか?

今ではペニーはキャンディー店のビジネスを売却し、家族と共にシカゴに暮らしています。そこで、多くのボランティア活動をしています。

異なるアプローチ

Radiolabの番組では、ペニーも、そして、番組制作者も、スティーヴン・エイヴリーが改めて有罪判決を受けた事件については「刑事行政に大きな問題があった」という考えで話をすすめていません。『殺人者への道(Making a murderer)』で切り込んでいるような捜査のずさんさや、不正の可能性にはほとんど触れていません。

Radiolabでは、「エイヴリーは、ペニーの事件以前にも複数犯罪を犯して服役している暴力的な傾向のある人間であり、テレサの事件では適切に捜査が行われた」という前提で話がされており、むしろ、ペニーの「確信」が裏切られたということの方に重点が置かれているのです。そういう意味では、事件自体の「真相に迫る」度は、10年間という時間をかけて撮られたドキュメンタリーには敵いません。

しかし、被害者であるペニーが、自らの言葉で怒りから解放されていくところや、冤罪を知った後、逆に自分が加害者であるように感じるさま、また真犯人を見ても、怒りや恐怖などの感情が湧いてこなかったなどの語りはとてもリアルで興味深かったです。

スティーヴ・エイヴリーが関わった二つの刑事事件という同一の題材を取り上げながらも、誰の視点でどういう語りをするかによって、受ける印象はまったく違います。

『殺人者への道』を見てスティーヴン・エイヴリーの事件に興味を持った人は、このPodcastも聴いてみる価値があります!英語ですが、30分程度の短いものなので、興味ある方は是非どうぞ。

yuichikawa.hatenablog.com

yuichikawa.hatenablog.com

yuichikawa.hatenablog.com

yuichikawa.hatenablog.com